誰だって障害は持っている!障害者を特別視しない考え方について

2019年7月27日

こんにちは。自覚していても直せない事の多い弥津です。

今回は「障害」の意味について取り上げます。
「障害は特別なもので自分には関係ない」という考え方を改める必要性についてお話します。

ケアマネジャーの仕事をしていると、さまざまな障害を持った方に出会います。その障害の程度は様々ですが、目に見えないところに「生きづらさ」を抱えた方も多くいると感じます。


例えば、過去のトラウマに翻弄されて他者依存から抜けられない方。

または、精神的に過敏な傾向が強く、他者に攻撃的になってしまう方など。


そこで私が気付いた事がひとつ。
「障害を持っていない人なんて、この世に存在しないのでは?」という事です。

障害とは何か

そもそも障害とは何でしょうか。

【障害】
ものごとの達成や進行のさまたげとなること、また、さまたげとなるもののことである。

引用: 障害 – Wikipedia

このように、障害は「達成や進行のさまたげとなる」ことと定義されています。


自分が達成したい、進めたいと思っていても、自分の性格や傾向がもとで上手くいかないことって普通にありますよね。

それも私は「障害」だと思うのです。


他者と仲良くしたいのに、どうしてもいちゃうもんをつけてしまう癖が直らない人だと、それも「さまたげられている」ことになります。

この生きづらさこそ、障害そのもの。


自分が周囲とうまくいかない、あるいは人の手を借りないといけない事くらい、全員に何か一つはあると思いませんか?

障害は誰にだってある!

自分にとっての「生きづらさ」とは何だろうと考えてみました。

考えてみると、障害と言えるような傾向が私にもあることが分かります。

私の持つ障害は何か?

私は極度のネガティブさや神経過敏さが、自分にあると自覚しています。

それについて書いた記事がありますので、あわせてお読み下さい。

私は自分のことをHSP(Highly Sensitive Personの略・生まれつき刺激に敏感で、周りからの刺激を過度に受け取ってしまう人のこと)かなって思うことが多く、時に他者に対して接しづらい人になっているのではと心配しています。


その敏感さを生きやすさに変換することも考え方次第なのですが、多くの場合は一人で精神的に疲弊して自滅といったパターンです。


また、本人がコンプレックスだと感じ、挑戦のさまたげになっているのであれば、それも障害と言えると思います。

例えば、太りやすい・太れない、髪の毛が薄い・体毛が濃いなど、自分の力では克服が難しい体質の傾向によって、行動を起こせない場合がそれです。


何でも「失敗してしまうのでは」と考えて行動を起こせない私の場合も、妨げという意味では障害と言っていいでしょう。

障害のない人はいないのでは?

生きづらさは私の周りにいる人にも多く見られます。

何度忠告されても自分の信念を曲げられずに失敗を繰り返す人、自己中心的で何でも他者のせいにする人などなど。

それに、なかなか自立できない大人も「生きづらさ=障害」を抱えている人と言えるかもしれません。


さらに、優しすぎてだまされやすい性格、酒癖が悪い、普通に話しても声が大きいといった、障害として意識されないところにも「生きづらさ」が潜んでいるものです。


他者に影響を与えたり、自分に損が生じたりする「直したいけど直せない傾向」は誰にだってありますよね。

その「直したいけど直せないもの」が誰しも持っている障害なのです。


「完璧な人間は一人もいない」といいます。
そういった意味では、世界の人全員がどこか欠陥がある、不完全な存在なのです。



障害者を「特別な人」と見ること自体が、自分のことを差し置いてって感じがしませんか?

「あの人は障害者だ」と思う事こそ、「障害」では?

私の持論ではありますが、「普通は〇〇だ」といった事ににこだわる人は、偏見思考になりやすい傾向があると思います。


障害うんぬんではなく、「普通」の基準は100人いたら100通りあるものですよね。

「あなたの常識は、他者にとっては非常識」という言葉があるくらいです。


自分の基準で比べてみて優劣をつける癖のある人は、「障害」を目にした時にも一層優劣をつける傾向が強くなるでしょう。

その「優劣をつけて他者を傷つける傾向」自体が生きづらさであり、障害とも気付かずに・・・。

それなのに、自分が正常かのように、他者に向かって「障害者だ」という目で見るなんて変ですよね。


あなたも私も「障害」を抱えている仲間。
自分だけ「正常」なんてことはあり得ないのです。



どんなスーパースターでも、不完全な性格や傾向は必ずあります。

その点に目を向けていくことが、障害を特別視しない考え方の第一歩になるのです。

自分の持つ「生きづらさ」に目を向けよう

「障害者」の反対語のような意味で、「健常者」という括りがありますよね。

私が考えるに、誰でも他者や自分によくない影響を与える性格や傾向があるわけですから、健常者って言葉自体おかしい気がします。


自分が「健常者」だという意識はなくすべきです。

自分にも必ず障害があると思えれば、もっと障害に対して向き合えるのではと思います。


問題は「自分がどうあるかに目を向けずに、他者の気になる点ばかり目を向ける」ことにあります。

他者がどうあるとか言う前に、自分の中にある生きづらさを探してみましょう。

他者に嫌な思いをさせたり、自分で苦しんだりすることは絶対見つかります。「私には問題点はない!」という方は、それ自体が問題ですね。


自分の欠陥をみつけることができた人は、障害を含めて他者への寄り添いが地で行ける素質を持っている人です。


自分の不完全さを自覚し、障害を特別視しない思考に至れるように心がけていきましょう。


それでは。
以上、弥津でした。

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