気まずい時に スマホ操作で逃げるな!感情に向き合える人になる為に

2019年8月15日

こんにちは。最近、何となくスマホに疲れてきた弥津です。

今回は、気まずくなった時にスマホ操作でその場をしのごうとする人達について、私の勝手な持論をお話させていただきます。

スマホって、言うまでもなく「便利」ですよね。

しかし、そのスマホを「気まずい空気を逃れる道具」に使っている人が多いと感じる時があります。


人に迷惑をかけたり、間違った行動をしてしまったら、本来は相手に頭を下げますよね。
「すみません」、「ごめんなさい」って感じで。


でも、謝らない人が多いような気がします。

謝らない上に、急にスマホを取り出して「(SNSやメールのチェックを)急いでしないと!」って感じで、こちら側に気付いていないような態度を取る人が多くないですか?

「まずい!」と思ったらスマホ操作でごまかす人たち

私の経験を例に、具体的にどのような状況を言うのかご説明しますね。

謝るべきタイミングで、スマホ操作をして気付いていないふりをしてやり過ごす人、2例です。

自分勝手な行動をやり過ごす為のスマホ操作

先日、私が子供のクラブ活動の送迎で、駐車場に車を停めて待っていた時のこと。

駐車場は満車でどこにも停められない状態でした。


そこに、一台のワンボックスカーが駐車場に入ってきます。

当然、停車する駐車枠はなし。そこで、そのワンボックスカーはどんな行動をとったかというと・・・。


私の車の正面を抑えつけるように、真横に車を停めたのです。

私とワンボックスカーでT字を形成するような感じです。

たぶん、停車している車の中には誰も乗っていないので、少しくらい停めても大丈夫だろうと、ワンボックスカーの運転手は思ったのでしょう。

しかし、車には私が乗っていたのです!・・・さらに、私と相手の運転手の目が合い・・・。


運転していたのは、30代くらいのママさんでサングラスをしていました。

普通なら、「あ!すみません。やっぱりここに駐車したらだめですよね。すぐに車移動させますね」って感じで頭下げて、動かすものなんでしょうが、この野郎(女性だから野郎じゃないのか)は違いました!


私とサングラス越しに目があったあと、慌ててスマホを取り出して画面をタップしたり、セカセカとスクロールさせたりしだしたではありませんか。とにかく、車を移動させる様子がナッシング!!

スマホ操作という逃げの一手で、私の存在に気付いていないふりをし、その場をやり過ごそうとしたのです。


「一度駐車した車を移動させるなんて負けを認めるようなもの!」→「人に頭なんて絶対下げたくない!」→「何にも気付いていないことにしてやり過ごせばいいのよ!」→「そうだ、スマホよ!!スマホ操作が忙しくて気付いていないって事にしましょう」・・・こんな思考の経過を辿ったんでしょうね。


自分勝手な駐車&逃げのスマホ操作のダブルアタックを受けて、私の血圧は急上昇。

しかし、結果として、うちより先にワンボックスカーの方が早く子供を乗せることが出来、足早に消えていくのでした。文句言うタイミングを失い、イライラだけ腹に残る、やな感じに・・・。

「配慮」から逃げる為の方法としてのスマホ操作

先日、飲み会参加の為に電車に乗った時の話。

私は電車では足腰の運動も兼ねて(高齢者か!?)、シートに座らずに立っていることが多いんです。


立っていると、シートに座っている人達の行動がよく見えます。

「行動」といっても、私以外のほぼ全員がスマホ片手にうつむいているだけなんですけどね。


その異様さにも驚いたのですが、さらに輪をかけて驚いたのが、ここでも「気付いていないふり」にスマホが使われるという事実です。

2つめの駅で、幼稚園から小学校低学年くらいの二人の子供さんを連れたお母さんが乗ってきました。

二人の子供は共に「疲れた〜、ママ抱っこ」とおねだり。華奢なお母さんは二人抱っこは流石に無理な上にかなりお疲れな様子で、「すぐに着くから我慢してね」と二人を説得。


すぐそばでそのやり取りが繰り広げられているのに、シートに座った若者たちはスマホと目が鎖で繋がれているのかと思うくらい微動だにしない。

動くのは画面をタップ&スクロールする指だけ。


ここでも、若者たちは「私はスマホに集中していて何も気づいていません」的な空気を醸し出しているのですが、見ていて悲しくなりましたね。

その場の全員がスマホをみるという同じ姿勢で硬直している光景が異様過ぎて。

いっそのこと、私が先に座って、二人の子供に席を譲ってあげればよかったと思うくらいです。
ごめんよ、おっさんが筋力強化で立っているばかりに。


最終的に、終点手前で席が空き、親子は少しだけ座れたようです。

しかし、その前の「全員スマホ知らんふり状態」には、マシーンのような冷たさを感じましたね。


スマホから目を離し、人の顔に目を合わせてもらいたい。

スマホが人への配慮から逃げる為の道具になっているのではないか、と感じた出来事でした。

スマホから目を離し、顔をあげる勇気を

目の前の出来事から目をそらしたい時、みなさんはどうしますか?

素早く下を向くか、横を向きますよね。


でも、「まったく見ていません」というアピール性が強いのは「下をうつむく」方ですね。

そういった点から言うと、スマホをみる姿って「目の前の人の動きから逃れる」為にとても効果的な行動と言えます。


スマホみて下をうつむく、あるいは必死に操作していれば、「私は周りの様子に気づきません」という主張になるのです。

いや、そうなると勘違いしている人が多いのです。

ここで重要なのことは、「そのうつむいた顔を、勇気を出してあげてみよう」ということです。

人と目線が合えば、相手があなたに対してどんな感情を持っているのか伝わりますよね。


悲しそうだったり、怒っていたりするかもしれません。

たしかに、そういった感情を目の前にすると 逃げ出したくなりますよね。


でも、「対処が面倒な相手の感情を見たり、知ったりしてしまうとスルーできなくなる・・・それなら、最初から見ないようにしよう」→「スマホを見ているふりをしていれば大丈夫だ」という心理丸見えのあなたの行動に「好感」はありますか?


その場を知らん顔で逃げられるかもしれませんが、相手には強い不快さを与えるでしょうね。

人の感情に逃げてばかりでは、自分の感情も豊かさを失います。


他者がどのような表情をしているのか、何か困ったような様子はないのか。

このような人の感情を察知できる能力は、スマホから目を離し、顔を上げなければ身に付きません。


相手の感情に向き合い、自分の否を認める時は認める。

困ってそうな人がいれば、目を合わせて声をかけてみる。



それができれば、知らない人の中にいてもスマホに頼らずに済みますよね。

スマホに支配されているままでは、すでに無機質で、自己中心的な判断しかできない人にさせられている可能性があります。


人としての感情を得たいのであれば、見るべきはスマホではなく、「人の顔」ですね。


それでは。
以上、弥津でした。

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