全肯定はNG?依存されない「適度な優しさ」とは何か

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こんにちは、弥津です。

相手の主張を全肯定し続けることで『依存』されてしまった経験のある私。

今回は、他者に依存されない適度な優しさ』とは何かについて考えてみます。

介護士、ケアマネジャーとして20年以上、人と接する仕事をしてきた私が気付いたことがあります。


それは、『相手の訴えを全肯定するだけでは、相手の為にならない場合がある』ということ。

穏やかな態度で全肯定しつづけても、相手は成長しないケースがあるのです。


ようするに、『自分の力で考える癖が身につかない』


表面上の優しさを与え続けることは、『依存』を生んでしまうと感じる体験がありました。

私が考える『大人としての優しさ』とは、ひとりで解決できる力を持つヒントを与え続けることではないかと思うのです。

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肯定だけ考えていると「依存」を呼ぶ危険性が

介護士やケアマネジャーをしていると、人って十人十色だなとつくづく感じます。

心身が衰えて思うように行かない歯がゆさに苦しむ高齢者、そしてその介護に苦しむ家族・・・それぞれの悩みを「傾聴」する姿勢は支援者の基本と言えます。


傾聴とは、相手の意見をまずは「全肯定」してあげる意識が大切です。


相手の意見が一方的かつ攻撃的であっても、一旦受け止める。

自己中心的で間違っていることに対して「あなたが正しい!」という必要はありませんが、「それは違いますよ」という姿勢はみせないようにします。


その苦しみを理解できるという姿勢を見せることで、相手は「一人で戦っている」という錯覚から解放される効果があります。

他者から肯定されることで心が冷静になり、自らの問題点に目を向ける余裕も出てきます。


このように、肯定されることで相手の言動の攻撃性が緩和され、こちらの助言や自らの問題を顧みれるようになります。

しかし、『肯定』だけしていればいいかと言うと、そうではありません。


以前、私が主張を肯定し続けたことで私の判断に『依存』するようになった家族がいました。

介護の相談だけでなく、自分の加入する医療保険や通信販売で購入した商品の良し悪しの判断、銀行や病院への相談代行など、自らで判断・行動できるはずの内容まで私に電話しては依頼という『依存』が強くなりました。


私が「業務の枠を超えている相談」と説明すると納得してくれるのですが、細かな事柄を見つけては私に毎日電話してくるように・・・。

そして、私が自己判断するようにと求めると「あなたは、今の私のままで良いって言ってくれたじゃないですか」と答えてきたのです。


そのとき私はハッとしました。

私は人格を肯定する意識が強いあまり「今のあなたのままで良い」と、以前答えたことを思い出しました。


「全肯定」の姿勢を見せることは、人によっては自分の問題点全てを許してくれると解釈されてしまうのか。

または、自分にとって都合のいい人が現れたという認識になってしまうのか。


相談業務の専門職として、考えさせられた経験でした。

その方からの電話は、頻度こそ減ってきていますが、今でも続いています。

「優しくない」とはどういう言動かを考える

こちらが、悩みや主張を「肯定」しながら話を聞くことをあまりに長く続けると、依存意識の強い方にとっては「依存できる対象が現れた」と感じてしまうのではないでしょうか。

そうかといって、否定的な意見を入れると関係が悪くなってしまうでしょうし。


関係性を崩さないためにも、『優しくない』とはどのような言動をいうのかを考える必要があると思う私。


私の知人などの中から『優しくない人』の特徴を上げてみたいと思います。

まずは、「困っている人をみると自分に優越感を感じる人」

自己顕示欲が強い人は、弱っている人をみつけると自分が過度に大きな存在になったと錯覚します。


相談を受けたとしても、上から目線でどこか面倒そうに対応するでしょう。


また、「自分の利益になるような助言しかしない」という特徴もみられます。

「あなたはこうしてくれると私が助かる」といったニュアンスの話ししかしません。


ようするに、どちらも『相手への興味が薄い』のです。

「適度な優しさ」とは?

それでは、相手の依存心を抑えつつ、「適度な優しさ」で接するには何を心がければいいのでしょうか。


それは、冒頭でもお話したように、『自立できるための方法・ヒント』を与えることを前提とした話に徹するということです。


相手の悩みや主張を認め、気持ちに共感します。

ただ、これだけでは先程の話のように依存心を掻き立ててしまいます。


そこで、共感の後には、「あなたが出来ることを考えてみましょう」という提案をするようにしましょう。

「今のあなたのままで良い」では停滞したまま・・・そして、自らの脚で進まなくても良いと言っているようなものです。


一緒に前に進む方法を考える姿勢を見せるだけでも、相手は優しさを感じてくれるでしょう。

その姿勢は「歩むのはあなた」という意識付けにもなります。


たとえば、友人から「彼女と喧嘩をして口を聞いてくれなくなった」と相談された時、「俺が誤解と解いてあげるよ」といい、仲直りのきっかけを作ってあげる人がいるかもしれません。

でも、それでは二人の仲は根本的には直りません。


それに、友人は何か不都合なことが起きるたびに、あなたに頼ってくるようになるでしょう。


このような時は、「私がしてあげるよ」ではなく、「君がどうすれば誤解を解けるか一緒に方法を考えてあげるよ」と伝えるのです。

そして、自分の力で問題解決できる方法を助言。


悩みの解決に向けて考えてくれたその時間の共有が、「優しさ」と言えるのではないか。


そう勝手なことを言って話を締めくくる・・・わたくし、弥津なのでありました。


それでは。
みなさんも「基本は人に優しく」で!