気の強さを性格の悪さと取られない為に必要な心構え

コミュニケーション

こんにちは、弥津です。

私が今さらもっともらしく言う事ではありませんが、人の性格は様々ですね。

気の強さ・弱さも人それぞれだし、年齢によっても変わってくるもの。

気の強い人は、他者に頼りにされる一方で、「性格が悪い」と低評価を受けるリスクを持っています。

では、気の強い人の中で、高評価な人と低評価な人とでは何が違うのでしょうか?

気分の意見をズバズバと言ったり、他人への忠告も怖がらずにする・・・気が強い人は、自分の正義を疑わずに行動しますよね。


この気の強さはときとして、自分を守るだけでなく、他者をも守る。

うまくいくと周囲の人達に絶大なる信頼を得ることができます。



でも、そんなうまく行くパターンばかりではありませんよね。

どちらかというと、気が強い人は他者から「怖い」と敬遠されがちに。


私も、「不謹慎だ」、「非常識だ」と思うことに対しては職場やプライベート問わず、指摘したくなるタイプです。

私は相談相手に選ばれることが多いのですが、一方でズバズバと指摘されるのが怖いとして避けられているのではないかと感じる時があります。


気の強い性格の人が好かれる、嫌われるの境目には何の違いがあるのかについて、以下に考えてみました。

気が強いことに自信を持ちすぎていないか

まずは、気の強さが「嫌味」に感じさせるものではないのかを考えてみたいですね。


私のように「私は気が強い」と自負している場合、その自信がどうしても表に出てしまうのではないかと思うのです。


「私は人に出来ない事ができる(言える)」という優越感があるため、ときに他者に指導的だったりもします。

そういった自信は、他者に上から目線で見られている感覚を与えます。


自分の気の強さを自分の長所として理解していると、他者への抑圧的な言動を正当化する思考になりやすい。

それによって、自分のように積極的な態度を示せない人を見下すような態度に、知らず知らずのうちになってしまうのです。


これは、嫌われるタイプの気の強い人がおかしやすい「勘違い」。

実際は、気が強かろうが弱かろうが、人には優れている点、劣っている点が当たり前にあるもの。


気が強いから「上」なんてことはないのです。


このように、自分の気の強さを自分の長所として、過剰に自信を持っている人は、無意識に他者を見下す言動をおかしやすい。

それゆえに、他者から見れば「威張ってて絡みづらい人」という評価になりやすいとも言えるのです。

気の強さと実力が噛み合わない勘違い野郎に?

また、気が強いからと言って、その言動が常に正しいかというと違いますよね。


なかには、気の強さを自負するあまり、自己研鑽を疎かにするタイプの人がいます。


自分が大きな存在だと錯覚すると、今の自分で充分だと考えがちに。

実際は無知で経験も不足している人物であっても、気の強さから発せられる言動に周囲がたじろぐ姿をみることで、自分の言動が『神』かのように思うのです。


しかし、その自信満々な姿と、薄っぺらい言動の差異は見る人が見れば分かります。


結局は「気が強いだけで中身のないやつ」と思われるだけ。

気が強いのであれば、その大きさに見合った『実力』が必要であることは肝に銘じておくべしでしょう。

他者が困っている時に発揮される「気の強さ」なのか

以上の二点は、気が強い人が「性格悪い」と悪評価を受ける気をつけるべきパターンです。

他者が控えるべきところで、おそれずに言動できる自分に『酔っている』とも言えますね。


それでは、気の強さを持つがゆえに性格が悪いと思われないためには何が必要なのかというお話。


それは、自分の大きさを見せつける目的として発揮されていないかに注意すること。

言い換えれば、他者を守るために役立つ『気の強さ』になっているのかという事です。


基本的に嫌われてしまう人の傾向として、「自分勝手」が挙げられますよね。


気の強さも自己アピールだったり、自己陶酔を匂わせるような言動となると、どんな理由であろうが悪印象です。


主張すること勇気があるのであれば、それは自分だけのものにせず、他者の役に立つものに活用したい。

気の強さが持つ攻撃的印象を「他者を守る」という行動で正しく評価してもらいましょう。


また、守るからと言って、特定の人を特別扱いしろという話ではありませんよ。

分け隔てなく、平等に取り扱っている姿も重要ですね!


それでは。
以上、弥津でした。

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