アンチへと変わる心理的要因は何か。「嫌い」をなくす心構えとは

2018年8月16日

こんにちは。根っからのアンチ巨人の弥津です。

今回は、人が他者を「アンチ」だと判断する心理的要因を考え、「嫌い」をなくす心構えについて考えていきます。

さて、『アンチ』とは元々はどんな意味なんでしょうか。

英語で「anti」という意味は「反対者」「反対の」「反対して」「反◯◯」など、既に存在するものに対して、反対の意見を持つもの、否定的な意見を持ちそれを外に表現することを指します。

「生まれながらにアンチ」ってありませんよね。

最初は好きから始まって、何か悪いきっかけ等が原因で「嫌い」に変わっていく事もあるでしょう。


では、何が原因で「アンチ」、「嫌い」へと変化してしまうのか。


その原因や過程が分かれば、「アンチ」、「嫌い」と容易に判断するような癖は防げるはずです。

まずは、アンチが出来ていく原因を見ていきましょう。

大きな勢力に虐げられた経験が原因にあるアンチ思考

私は毒親と生活や学校でのいじめで、ひたすら耐える少年期でした。

自分一人で戦っても勝てるはずもない「大きな勢力」との戦いの日々。


そして、それが原因なのか?・・・「大きく力のある勢力」に抵抗心を持つようになりました。

「大きな力から押さえつけられる自分はイヤだ」という思いが根底にあるのでしょうか。


そのうち、人気で力を誇示しようとする傲慢そうな集団や個人に対して、『拒絶反応』を起こすようになりました。

「人に嫌な思いをさせられた → 人を簡単に信用できない」・・・この過程を経て、私の人へのアンチ意識がついたのでしょうか。

一度幼い時に、何かに不信感を感じると、大人になっても消すことは難しいですよね。


他者が自分を拒否していると感じると、即アンチを認定してしまう原因は「これ以上、人間で傷つきたくない」という防衛反応です。

対人関係で過去の傷が深い人に『アンチ認定』をしやすい傾向があるようです。


自己防衛本能は無意識に働いてしまいます。

このように、無意識ながら、徐々に『アンチ思考』が出来上がっていくんですね。

アンチパワーに飲み込まれない為に必要な事

周りの人たちが「あいつは悪いやつだ!!」を訴えているのを見たらどうしますか?


何だか訳が分からないながらも、とりあえず批判の側の仲間になっていた・・・。

これは、「周りに流されるアンチ(同調アンチ)」というやつです。


周りのアンチパワーに流されないことの大切さについてお話します。

意味も分からずアンチ勢力についてはいけない

ネットの世界は「アンチ」を訴えている人がいると、それに関係ない人まで加担して「アンチ」攻撃を仕掛けてくる事があります。


いつのまにかアンチ勢力がねずみ講のように増殖し、批難されている人はひとり矢面に立つ事態に。


あとから参加する「アンチ」勢力の人達は、詳しいことを知らないくせに「うせろ」や「最悪」という攻撃的な言葉を容赦なく投げかけてきます。


知らないくせにどうしてそんなに気持ちが大きくなるんでしょうか?

それには「アンチ」特有の傾向があるからです。


アンチには強い「攻撃性」があります。

そして、アンチには強い批判力があります。


要するに、『強力なパワー』を感じるのです。


すると、人は劣勢に立っている者の味方になるような危険は冒しません。

強い力を感じる方に、つられてしまいます。


「よく意味が分からんけど、とりあえず攻撃してる方の仲間になっとけば問題ないか」

そんな強いパワーに引っ張られる心理的要因が関係して、アンチの仲間入りをしてしまうのです。

では、「こいつは嫌いだ!!」と訴える人には、どのような心理的要因があるのでしょうか?

その根底にはアンチを訴える人の『恐れ』があると、私は思います。


「自分の世界が奪われるかもしれない」という「恐れ」により、先制攻撃を仕掛けることで早急に排除しようとしているのです。


「弱い犬ほどよく吠える」

一方的にアンチ認定を行う人は、この状態に似ているのかもしれません。


自分が「弱い犬」にならないように、「どっしりと構えて対話から入れる人」を目標にしたいですね。

「アンチ」主張がカッコイイと思い込んではいけない

「人はホメるよりけなす方が楽」

「守りよりも攻める方がカッコイイ」


サッカーに例えると、ディフェンダーよりフォワードの選手の方が目立つし、人気がありますよね。

ディフェンスは地味な上に、相手の攻撃を受け止めるので、結構消耗も激しい・・・そして、失点すると非難される。


「アンチ」の持つ攻撃性は、見る人によっては守るより「無難かつ、カッコイイ」のです。


しかし、この考え方は良いことばかりではありません。

以下のような弊害があります。

大人の世界では一方的な自己主張を説くような人は、心が成熟していないと評価されがちです。

要するに、「お前はアンチだ!」と言う事自体、ジコチューで幼くみられるのです。


「アンチ」という言葉でひと括りにして、自分にとって脅威であったり、不愉快なものを排除しようと攻撃性を発揮することは、冷静さを欠く行動。


カッコイイ憧れの存在になるどころか、ついてくるのは心の成熟していない「安易なアンチ認定癖のある」同類ばかり。


あなたが大人な心の持ち主であれば、相手に本当に問題があるのかの判断は、対話のあとに行うでしょう。

「対話する余裕」を持ちあわせているのかが肝心ということですね。

「嫌い」を作らない為の心構え

好き嫌いが完全にない人っていないかと思います。

「嫌いなものは嫌い!」という意見も理解できます。


しかし、アンチが多い人よりは少ない人の方が、親しみやすいし、信頼されますよね。

できるだけ、「嫌い」という感情を作らない為には何を心がければいいのでしょうか。

アンチを主張する自分はそんなに立派なのかを考えよう

「俺はお前が嫌いだ」と相手に伝える事は、基本的に「上から見下ろしている」ことになります。

でも、あなたは全てにおいてパーフェクトで「完全無欠」なのでしょうか。


目の前にいる「アンチ」の方が、あなたより優れている点が多いでしょう。


相手が五輪メダリストだろうが、ノーベル賞受賞者であろうが、あなたの方が優っている部分が絶対あります。


人はダメな部分を必ず持っているもの。

それに自分で気付いていないだけです。


ですから、人を上から目線でアンチ認定する行為自体が、滑稽な感じがしますね。


ある一部分だけ切り取って「俺の方が正しい」「こいつは嫌いだ」と主張する事は、「うぬぼれ」と思われても仕方ありません。


自分は「うぬぼれている」と常に思う事で、謙虚な気持ちになり、「アンチだ」と他者に主張することを減らせるでしょう。

相手を「本当はきっといいやつ」と思う余裕

あなたにも良い性格、悪い性格の両方があるはずです。


それと同様に、嫌いな相手にも必ず良いところはあります。

「こういう性格はちょっと気になるけど、他は良いやつなんだろうな」

頭にキテも、そう思う訓練をすることで、他者への無意味な警戒心も薄くなります。


いい大人、また優れた人というものは常に『余裕』が備わっています。

日頃から人をホメる習慣を身につける

私の知人には、『何でも感動屋さん』がいます。


私達のちょっとした判断や言葉に対して、「やっぱりあなた違うね〜、すごいわ」とか、「今の見てて勉強になるわ〜」とか言ってくる人です。


人を褒める習慣が身についている人は、「アンチ」を口にすることがほとんどありませんよね。


逆に、今まで褒めることをしてこなかった人は、「いきなり褒めるなんでできない!!」となるかもしれません。

それなら「すごいね!」、あるいは「やるね!」という言葉を口癖にするだけでもOK。


そのうち、褒め思考が「アンチ」の発想が出てくることを防いでくれるようになるでしょう。


人との交流が円滑になり、類は友を呼び、温厚な人が集まってきます。

心が穏やかになれれば、アンチ主張なんて必要ありませんね。


褒め思考に転換する意識を持って行きましょう。


いかがでしたか?

今回は「アンチへと変わる心理的要因は何か。嫌いをなくす心構えとは」と題してお話してきました。

アンチを言う者には、アンチを言う仲間が集まります。

そうなると、アンチ思考から抜け出すことができなくなりますよ。



一緒に気をつけていきましょうね。
最後までお読みいただいてありがとうございました。


それでは。
以上、弥津でした。

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