もう疲れました。
俺、死にたいわぁ。
う〜む。
何て答えればいいのか。
こんにちは、社会福祉士ブロガー・弥津(@yazusui)です。
「死にたい」といった深刻な相談にどう答えたらいいか分からない時ってありますよね。
「死にたい」と悩む人には、助言ではなく非言語の寄り添いで。
身近に精神的に落ち込んでいる方が身近にいる人に向けて、適切な関わり方について解説します。
多くの言葉を伝えると、こちらの価値観で説明・説得してしまうことに。
静かに時間を共有してくれる「仲間」がいるだけで心が回復してきます。
心が疲れている人への接し方を考える
「死にたい」と言われた時、たいがいの人は言葉に詰まりますよね。
- 「そんな事言うなよ」
- 「また、冗談を・・・」
- 「気にするな」
- 「気軽にいこう」
という言葉で、『その場の空気をスルーさせる』手段になりがちに。
たしかに、「死にたい」という思いに対して「いいね」とは言えないでしょう。
それでは、「死にたい」という言葉に対してどのような対応をすればいいのか?
- 「死にたい」に対してスルーや楽観した場合
- 「死にたい」に対して励ました場合
- 「死にたい」気持ちに共感してくれた場合
3点に分けて解説をしていきます。
①「死にたい」に対してスルーや楽観した場合
「死にたい」と訴える人に対して、スルーや楽観で返事をした場合。
たとえば
- そんな事言うなよ
- また、そんな冗談を
- 気にするなよ
- どうにかなるよ
こういった言葉は、「相手の(重過ぎる)気持ちをかわす」意図が感じられます。
ようするに
重い話、真剣に受け止めたくないなぁ・・・
という気持ちの表れ。
受け止めて反応してしまうと、深刻な話に付き合わせられる、あるいは「理解者と思われてしまう」という恐怖感もあるのではないでしょうか。
スルーは、『否定』と変わりない。
また、楽観を促すような声掛けは相手の気持ちを受け止めている事にはなりません。
「死にたい」と言う人は、相手の反応をよく見ています。
『否定』と『楽観』は結構傷つくと私は思います。
注意した方がいいでしょう。
私は悩み苦しんでいる時、相談した相手から
- 「なるようになるよ」
- 「気にするな」
- 「とりあえず酒でも飲み行こう」
なんて軽くに返答されて、恨みすら感じた経験があります。
私はこういったスルーや楽観の反応が、「私には関係ないから」と聞こえるのです。
でも、「死にたい」という言葉は、あなたに「助けて欲しい」というSOS。
あなたに信頼しているからこそ、弱音を吐くし、本音で話す。
なのに、スルーや楽観で答えられると、裏切られた感覚になるのは想像できますよね。
関連記事『心が不安定になる4つの原因と誰でも出来る簡単自己対話法3選』(※別ウィンドウで開きます)
②「死にたい」に対して励ました場合
それでは、『励ます』のはどうでしょうか。
基本、「心が疲れている人に励ましは厳禁」と言われています。
すでに頑張り過ぎで疲れ果てているわけですから、励ましても解決にはならない。
漠然とした明るい未来を語っても、うわ虚言に聞こえてしまう悲しさ。
励まして満足するのは、励ました人だけ。
結局は、親身になってくれていないとして、行き詰まった心の改善には至らないでしょう。
③「死にたい」気持ちに共感してくれた場合
「あなたの気持ち、よく分かる」と安易に言っていませんか?
共感してもらえると嬉しいものですが、本当に同じ経験がないと「あなたの気持ちは分かる」が嘘に聞こえてきます。
具体的な経験談がない「あなたの気持ちは良く分かる」は、その場しのぎだと思われるので注意。
気持ちが分かるのであれば、具体的な解決策も提案して欲しくなります。
中身のない共感は、精神的に追い詰められている人にはすぐに見通されてしまいます。
心の病を克服した経験のある人にしか答えられない話という点では、共感はかなりレベルが高い対応と言えます。
「あなたの気持ちは分かる」は、具体的な体験談・解決法がない人は言ってはいけない言葉だと思います。
「死にたい」と言われた時の良い対応は?
それならどうすればいいのでしょうか。
あれもだめ、これもだめって、一体どうすりゃいいんだよ。
と思う人が大半でしょう。
結果として「死にたい」と言う人には聞き手の反応・言葉は無用。
心が疲れている人と同じテンションに合わせ、ただ黙って聞くのみが最適。
「死にたい」という人は、精神的に深く追い詰められています。
一言で打開できるほど簡単な状況ではないのです。
欲しいのは、「非言語的な寄り添い」。
励ましや楽観、中身のない共感をもらうのは、逆に心をかき乱す原因に。
余計な事を言わずに、その場にいてくれればOK。
「自らの貴重な時間を使って、その場に居てくれる」、それだけで充分。
心が落ち着くまで、黙って時間を共有してくれるのが最適な対応なのです。
自分軸で生きる方法を勧めよう
生きることがつらくなる一因は、他の環境や他人に大きな影響をうけて、自分らしく生きられていないからではないでしょうか。
そういった方には、『自分軸』で生きる方法を勧めてみましょう。
自分軸での生き方が身につけば、生きる力が回復してくるかもしれません。
自分軸で生きる方法を勧めよう。
自分に集中できるようになることで、心にゆとりを持てるように。
そのためには、自己覚知に有益なツールが必要。
私がオススメする下記ツールを活用すれば、『自分軸』で生活出来るようになります。
これにより、これまであまり意識できていなかった自分の「理想の未来」や「潜在的な欲求」が見えてきます。
ジャマな『他人軸』を排除して他に影響を受けずに自分にまっすぐに生きられるようになりましょう。
新しい自分に生まれ変わりたい方は、是非お試しを。
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【まとめ】
今回は「「死にたい」と言われた時の対応は?心が疲れている人への接し方」について説明しました。
【この記事のまとめ】
基本的に言葉はいらない。
『非言語』のまま、その場で感情を共有すればOK。
たとえば、心許せる人と一緒に海を長時間黙ってみているだけで穏やかな気分になるのは、まさにそれ。
私の経験では、自己改革を推し進めるようなアドバイスで元気にはなりません。
何に絶望して生きるのに疲れたのかをこちらが話し出したいタイミングまで待って、静かに聞いてくれればOK。
静かに聞いてくれているうちに、自分が何に満たされずに「死にたい」と思っているのか、見えなかった自分の欲求に気づかされたりするものです。
自分の力で、心がどん底に落ちた原因に気付くのに至る、時間と聞き手役の協力があれば・・・と、自分勝手に考える私です。
また、関連記事『未来への希望が持てなくなる原因と突破口を開くポイント3選』(※別ウィンドウで開きます)でも、行き詰まった心の対処法を説明していますので、あわせて参考にしてみて下さい。
この話題に関しては様々なみなさんの意見があるでしょう。
ここでは、あくまで私の独り言として。
それでは。
以上、弥津でした。
知人から「死にたい」と言われた。
どう返事をしたらいい?