ケアマネの私が家族の立場で考える「ケアマネが持つべき視点」

こんにちは、高齢者福祉歴22年超の弥津@yazusui)です。

今回は『家族の立場になって考える「ケアマネジャーなら持っておいて欲しい視点」』について。

ケアマネとして働いている方に向けて、私がケアマネと家族の両方の視点を持って解説させていただきます。

【みんなと私の疑問と悩み】
ケアマネジャーは人の心に寄り添う能力が必要です。いかに自分本位の傾向を消せるのかがポイントと言えます。

  • ケアマネジャーとして成長したい
  • 高齢者やその家族から信頼されるケアマネになりたい

自分では良いと思っていることでも、実は家族の視点に立つとNGな傾向って結構あるものです。

それでは、どのような視点を持ってケアマネ業務にあたればいいのかを考えていきましょう。

この記事では

  • NGなケアマネジャーの特徴
  • 『他者本位』、『多様性』を意識して仕事が出来るようになろう

このような内容が分かります。

弥津
弥津

自分の価値観で支援をしないように注意しましょう。

自分の親ならどんなケアマネに担当して欲しいか

私はケアマネメント業務をしながら、自分の親の介護について考える事があります。

その時、自分が「支援者」ではなく、「家族」としての視点になります。


その視点になった時、ふと

弥津
弥津

自分の親だったら、ケアマネからこんな言い方や考え方の押し付けをされると嫌だろうな・・・

と思う事があります。


人の支援をするのであれば、人の立場で考えられる「センス」を持ちあわせているのか・・・家族としての目線で考えた時に、ケアマネの「NG」が見えてきました。

NGなケアマネの特徴例4つ

ケアマネジメントに関わる私が言うのも何ですが、ケアマネも全ての人が人格者ではありません。

私もまだまだ人として未熟。


家族の立場としてケアマネジャーを見た時に、こんな考えや視点を持つなと言いたくなる、NG特徴を挙げてみました。

「拒否」という言葉をすぐに使う

ケアマネジャーが良かれと思い、デイサービスやヘルパーなどの介護サービスを勧めても希望しない高齢者や、そのご家族がいます。


そんな時、よく使われる言葉が『拒否』です。


例えば、「デイサービス利用を提案したんですが、ご本人が拒否しまして」といった感じで用いられます。

この『拒否』という言葉に、相手への攻撃性を感じるのは私だけでしょうか?

「希望されませんでした」ではダメなのでしょうか?


あなただって、自分の嫌いな事や、必要性を感じていない事には「必要ありません」という意志を示しますよね。

それを『拒否』として報告されるとどんな気分がしますか?

『拒否』という言葉を簡単に使う人は、相手の意志を第一に考えていない利己主義的思考や、相手への見下し姿勢が表れていると、私は感じるのです。

高齢者や家族に対して「理解力がない」と言う

介護保険などの制度や、介護サービス利用にあたっての流れなど、それに携わっていない人は理解が難しいものです。

それはある意味、当たり前のこと。

ケアマネジャーの中には、どんなに説明しても分からない高齢者や家族を「理解力がない」と評価する人がいます。

でも、そんなケアマネさんも世界の全てを把握しているわけではないはず。


自分の知らない法律や手続きを一度聞いただけで全理解できる人がどれだけいるでしょうか?

分かるまで何度も聞きたくなりますよね?


分からない事を何度も説明してもらう事は当然なのです。

相手に理解力がないと言うケアマネジャー自体が、常識の「理解がない」のです。

支援者の不都合を解決する話し合いをする

ケアマネジャーは高齢者が自立した生活ができるように、マネジメントするのが仕事です。

その自立に向けた支援の話し合いをするのが『サービス担当者会議』です。

この会議は高齢者本人が主役になるべきなのですが、ケアマネの中には「面倒な高齢者を介護サービスで静かにさせる」会議と勘違いしている人がいます。

要するに、介護サービスを利用させる事が前提の話し合い。

介護サービスを無理やり利用させる会議になっているケースが少なからずあると思います。

例えば、近隣住民から「引きこもり老人がいる。認知症にでもなって火事でも起こされると困る。

どうにかしてくれ」と要請を受けたケアマネが、本人が嫌がっているのに介護認定を申請し、デイサービス、ヘルパーを利用するように説得する。


本人を丸め込ませる事に成功した近隣住民やケアマネは満足でしょうが、利用費用を払うのは本人。


このようなやり方は、ケアマネをしている私としても、押し売りと同じ事をしていると感じます。

こちら側の不都合を解決したい前提の話し合いに違和感を持ってもらいたいものです。

家族が仲良くする事が当たり前だと考える

高齢者の支援をするにあたり、家族との不仲で『支援者不在』の状況に出会う事はよくあります。

そのような状況はケアマネとしても困ったものです。

そんな中、「実の子供なんだから親の世話を嫌がらずにしないと!」と、不仲家族に世話を強要するケアマネ仲間を目にした事があります。

しかし、これは親子双方にとって、大変酷な話。

私たちでは理解できない程の、過去の親子間の憎悪がそこにあった可能性があるからです。


子には親から激しい暴力を受けた恨みがあるかもしれませんし、出来が悪いとののしり続けられた憎しみがあるかもしれません。


そのような過去を推測せずに、疎遠になった家族を引っ張り出し、無理やり親子の縁を持ち出すのはケアマネジャーの権利として認められているとでもいうのでしょうか。


ケアマネであれば、本人と家族の「過去の関係性」を認め、寄り添うべき。


親子関係が悪いようであれば、その家族に頼らずに高齢者本人だけでどうにかする方法はないのかを考えるのが、優秀なケアマネだと思います。


私の親は決して良い親ではありませんでしたので、恨み辛みがあります。

なので、親のシモの世話をしろなんてケアマネジャーから言われたら、私は猛烈に反発するだろうと想像します。

ケアマネジャーが「持つべき視点」2選

以上のように、私が家族の視点になって、ケアマネジャーに求めたい注意して欲しい点を挙げさせていただきました。


それでは、最低限どのような「視点」を持って高齢者本人や家族に向き合ったらいいのかについて。

ケアマネジャーに持って欲しい2つの視点を説明します。

自分の正義で仕事をしていないか考えよう

支援者が誰しも、その人にとって最良の提案をしようとするものです。


しかし、それが行き過ぎると『自分の価値観』を相手に押し付けようとしてしまいます。

要するに、『自分の正義で仕事をする』ようになるのです。

例えば、清潔な住環境が好きなケアマネだと、生活雑貨で雑然としている高齢者の家を許せないと思います。

また、社交的な性格のケアマネだと、「一人でいるのが大好き」という高齢者は許せないでしょう。


そうなると、余計なお世話を押し付ける支援になってしまい、その支援自体が『ケアマネの自己満足』を満たす目的だけの為に行われるものになるのです。

第一に「相手(高齢者や家族)の正義は何なのか」を探って下さい。

その正義を安全に維持できる方法を考え、提案・支援するのがケアマネジャーの仕事なのだと、私は思います。

人間関係の多様性を認めよう

先程の話しのように、親子や嫁との仲の悪さを問題視されても、すでにどうにも修復できない人間関係はあるのでは、と思います。


悪い人間関係に対して「不適切だから仲良くしろ」、「子なら親を見る責任がある」と言われても、あなたが家族なら納得できるでしょうか。

人間関係の修復は、本人たちが強く望まない限りは触れてはいけないケースがほどんど。


人間関係はそのままに、今目の前にいる高齢者本人が快適に生活できる方法を検討して欲しい。


仲の悪い家族が寄ってきて、生活上の支援をしてくれるなんて・・・果たして幸せですか?

トラブルの種を蒔くようなものです。

人自体に多様性があるように、「人間関係にも多様性」があります。

ここでも、「家族は協力するもの!」、「子は親に恩返しをするもの!」などと都合のいい理屈を持ち出すことは避けるべきです。

一人で生活できない高齢者であれば、自宅に固執せずに、安全に生活できる他の場を提案するのもケアマネジャーとしては重要な視点です。

高齢者施設入居の方が、不仲な家族の力を無理に利用して自宅で生活を続けるよりは、余程健全な「自立支援」だと思います。

【まとめ】

以上、私なりのケアマネジャーに必要な視点についてのお話でした。

【この記事のまとめ】

『人のせい』にするような言動はしない。

相手側の「正義」や「多様性」を意識して仕事をしよう。

ケアマネジャーとして働きたい人、または働き始めた人。

「間違いだらけの支援者」にならないように、「基本」を理解しましょうね。


それでは!
弥津でした。