死ぬのはなぜ怖い?死を怖がる人そうでない人の傾向と不安解消の秘訣

こんにちは、高齢者福祉歴20年超の弥津です(@yazusui)です。

今回は『死への恐怖を感じない人になるにはどんな秘訣があるのか』について。

死に対して怖さを感じて精神的に不安定になってしまう方に向けて、高齢者と長年関わっていた私がその経験から持論を解説させていただきます。

【みんなと私の疑問と悩み】
死への恐怖や不安を強く感じる自分の中にある、その理由を理解しないと精神的に崩れてしまうかもしれませんね。

  • 死ぬことを恐れずに自分らしく生きていきたい
  • 死への恐怖感で精神的に疲弊するのは避けたい

このような希望、とても理解できます。

この記事では

  • 死ぬ事への不安が少ない人と怖いと感じる人、それぞれの傾向
  • 死に恐怖しない、その不安を解消するための『秘訣』

このような内容が分かります。

弥津
弥津

死への不安を常に感じる私と共に、その恐怖・不安感を穏やかに出来ると思いますよ。

死ぬのはなぜ怖い?

みなさんご存知の通り、『人間の死亡率は100%』。

人間の祖先誕生から今に至るまで、死んでいない人は誰一人としていません。


地球上にいる生物の中で死への恐怖を感じるのは人間だけという意見があります。

でも、弱肉強食の世界で生きる動物たちは、自分が食べられるという身の危険を感じたら全力で逃げますよね。


これは、「食べられるとどうなるか」を教えられる前にすでに分かっているからではないかと思うのです。

それを考えれば、動物たちも「自分が命を落とす」こととはどういうことかに理解があるのでないでしょうか。


鳥を例に出すと、スズメにおいては大昔に乱獲されたことをきっかけに現在のように強い警戒心を持つようになったと言われています。

そこから想像すれば、人間も過去に多くの『死』を目の当たりにしてきた動物のひとつとして、死への警戒感が代々継承されているのではないでしょうか。

「死ぬと話せなくなる」、「死ぬと二度と動かない」など、今のような自由な自分が失われるという事実を長年見てきたからこそ、他の動物と同様に『死への恐怖』が遺伝子に組み込まれたのだと私は考えます。

死への怖さを訴える高齢者にみられる傾向

では、その死への恐怖をどう克服すればいいのでしょうか?


私は高齢者福祉の仕事で、多くの高齢者と出会ってきました。

まず先に、死への恐怖を感じながらもがいて暮らしている方にある傾向を挙げてみたいと思います。

自分が何をしたいか分からず生活している

自分自身に直近の目標がなく、毎日何をしたら自分が満たされるのかが分からないまま生活している人は、死への不安を感じやすいようです。

私が訪問した高齢者さんの中に「いつお迎えがきてもいい」としながらも、自分の病状悪化に早く気付いてもらえるように「毎日訪問して欲しい」と希望される方がいました。


身体的には自立しているにも関わらず、家に閉じこもっているその方は、家に一人でいるだけで不安感が襲ってくるようです。

「何かしたいことはないか」と尋ねても、「何をしたらいいのか分からない」と答えたのが強く印象に残っています。

敏感な感覚の持ち主

年を重ねれば重ねるほど死への意識が強まりますよね。

とくに、敏感な感覚を持っている方は、その傾向が強いと言えます。


「自分の命はあとどれくらいか」と数えたりするのは、自分の存在を意識しているからです。

それゆえに、自分の存在が消えてしまうことについても想像を膨らましてしまいます。

死ぬと無になる事が分かっている

敏感な感覚を持っている事と繋がるのですが、死ぬとどうなると想像してしまう人は自分が亡くなった後は『無』になると分かっている人が多い。

私が以前担当していた高齢者さんの中には「あの世なんてない。ただ意識が永遠になくなるだけ」と話された方がいました。


この意見には私はまったくの同感。

付け加えて「だから出来るだけ生きていたいんですよね」と言われていたのが印象的でした。

意識が消失して『無』になる事をイメージできるからこそ、その寂しさや怖さを感じるのでしょう。

孤独を訴える

死への不安を話される高齢者に多い傾向として、『日頃から孤独を訴える』も目立ちます。

その孤独感は「私は寂しいまま最期を迎えてしまうのか」という考えに至らせ、今の状態で最期の時がくるなんて嫌だと思うようになります。


誰しも寂しい最期なんて考えたくないもの。

寂しく人生を終えることは、自分のプライドが許さないのも理解できます。

強い後悔の念を引きずっている

過去に強い後悔の念を引きずっている人のなかには、自分が亡くなることへの不安を話される方がいました。

後悔の念を払拭するために人生を終えたいというのかと思えば、そのぎゃくです。


その後悔をどうにか償いたいという思いがあるからではないでしょうか。

「無責任に人生を終えたくない」という責任感の強い人も死への怖さや不安を感じやすいと私は思います。

死への不安に向き合える高齢者の傾向

次には、死への怖さを訴えることなく、いずれくる死を容認しているかのような穏やかな様子の方にある傾向をいくつか挙げてみます。

今までの人生に満足している

「いつお迎えが来てもいい」と言いながらも精神的に安定している高齢者の方は、人生を振り返っても悲観的な話はあまり出てきません。

まさに「人生に悔いはない」といったところです。


それに「自分なりに精いっぱい生きてきたので、これ以上はもう限界」だとも話される高齢者さんがいます。

そこには全力で生きてきたがゆえに、自分の最期さえも受け入れる大らかな姿が感じられます。

役割を持って忙しい時間を過ごしている

自分の最期を意識せず自分の世界に没頭している方も、死を怖がる人は少ないように思えます。

今の自分に忙しく、死なんてことを考える余裕がない。

先を見続けるしかない生活を送っている方は、死への不安を感じる時間はないかもしれません。

たとえば、息子の自営業の手伝いをする方や、ビル経営に関する業務を続けている方、ひ孫の世話で忙しくしている方、地域や家族の中で役割を持って暮らしている方など。


足腰が悪く介護サービスでリハビリを受けながらも、家に帰れば忙しい時間が待っている方々はまさに「死ぬなんて考える時間はない」のです。

実際に役割を持って忙しい時間を過ごされている高齢者さんは「まだまだしないといけない事がたくさんある」と言い、先をみる視点を持たれている方が多いと感じます。

鈍感(良い意味で)

これは良い意味なのですが、多少感覚が『鈍感』な方は、自分がいなくなる事への怖さ・不安が少ないように思います。

現在100歳と迎え、今なお在宅生活を送る高齢者さんがいますが、この方はとにかく『おっとり』しています。


以前私に「死ぬ気がしない」とお話してくれていましたから。

色々と考え込まずにストレスフリーになることが、長寿の秘訣なのかなと思う私です。

人や世間のせいにしない

ストレスフリーといえば、『人や世間のせいにしない』傾向がある方は、自分が亡くなる事への怖さ・不安を感じにくいと思います。

これは責任感の強さがベースにあるからなのです。

責任感がある方は自分の人生にも責任を持ちます。

ようするに、自分に訪れる出来事全てを自分の責任として捉える力があるのです。

そのため、自分のやがて来る最期の時に対しても受け入れる器があると考えられます。

素直に感謝の気持ちを伝えられる

人に対して素直に感謝の気持ちを伝えられる人は、私が出会った限りでは死への怖さ・不安を訴えることなく、精神的に安定している傾向があります。

このような人は、人だけでなく何に対しても感謝の気持ちを持っており、そのひとつとして生きている事にも感謝できます。

「生かされている自分に感謝」する心を持っており、失うその時に対しても受容する心を持っている。

生きることへの無駄な欲から解き放たれている姿を感じます。

宗教による教えを信じている

私個人としては既存の宗教には否定的なのですが、高齢者さんの中には宗教に傾倒することで死への恐怖から解放されている方を見受けます。

その姿をみると、宗教を信じるも信じないも本当に自由であるべきだと思います。


私が担当している高齢者さんにカトリック教徒の方がいるのですが、大病に冒されるたびに「天に召される」と感じるといいます。

その時の心境を語ってくれた時、「すでに自分が天に召されるイメージができている」と言われていました。

亡くなった後にある世界を信じている姿がそこにはありました。

宗教の教えで死への恐怖を払拭できるのであれば、それも有意義だと感じます。

死への怖さ・不安の解消の秘訣

これでは前述の傾向を参考にしながら、どうすれば死への怖さ・不安を解消できるのか、その秘訣を探ってみましょう。


私的には宗教はお布施や会費の支払いなどを考えれば誰でも勧められるものではありませんので、ここでは除外しています。

入信したばかりに、その後四苦八苦している高齢者さんを多くみてきましたので・・・。


死への恐怖を払拭できていない私ですが、そんな自分に向けての提案としてもここに記していきたいと思います。

死をドラマチックにイメージしてみる

精いっぱい努力して楽しんで、そして最期を迎えるというのは見方によっては、かっこいい生き方ではないでしょうか。

そして、ドラマのように家族に対して最後の言葉を伝える。


私は『コクーン2』という映画で、ヒューム・クローニン演じるジョーが妻に対して「ひどく疲れたよ」と言いながら静かに息を引き取るシーンがなぜか鮮烈に印象に残っています。

「ひどく疲れた」という言葉が、私には「全力で生きた」と聞こえたからです。

実際には家族に向かって最後の言葉を告げて息を引き取るなんて難しい話かもしれませんが、自分の最期を悟った時に、どのような事を家族に伝えたいかと考えるのも死への恐怖を和らげるには効果ありだと思います。

ドラマや映画でかっこよく命を閉じる姿は感動を呼ぶものです。

感動を呼ぶ自分の最期をイメージしながら、それに至るために全力で生きてみせることが大切ですよね。

自分の生きた記録を残す

自分の思いや信念などを文章として残す、あるいはビデオや音声で記録しておくと自分が亡くなったあとに家族などの他者に忘れられることがないと思えて、寂しさが軽減されます。

私もビデオに映った亡き祖父母の姿を時折みたくなりますし、その笑顔を観るだけで寂しい気持ちを通り越して癒しを感じますから。

人の経験談や言葉は、自分が同じ年代になった時によく理解できるようになります。


過去や今現在の自分が感じたことを家族や友人に助言・忠告として毎日記録してみると不安を感じるより楽しさが増してくるでしょう。

スケジュールに従って生活する

前述のように、今の自分が何をしたらいいのか分からないと死への怖さ・不安を感じやすくなります。

自分が毎日何をすべきかを明確にするために、スケジュールに従って生活してみましょう。

朝起きる時間と、その後にする家事や余暇、そして寝る時間などを細かく設定します。

その決まったスケジュールをこなすことに集中して生活すれば、「今の自分を生きる」が実行できます。


『今その時』に集中できれば、不安感は緩和されるでしょう。

人と触れ合い続ける

死への怖さ・不安を強める大きな原因は、『孤独』です。

人との交流の機会を失うと、誰しも心身ともに弱くなっていきます。

人から離れずに交流するように心がけましょう。

自分が興味を持っているものに挑戦できる教室・コミュニティー参加してみたり、思い切って地域の役員に名乗り出てみたり。

人と触れ合える機会があれば、その日その時に向かって生きれるようになります。


また、人と会うのがどうしても苦手という方は、ネットを通じての交流でも構わないと思います。


ただ、ネットには純粋な交流目的ではない人にも出会ってしまいますからご注意を。

自分の好きな事に没頭する

自分の好きな事が出来ない状況では、人は生きる意味を失ってしまいますよね。

大好きで何時間でも続けていられるというものがある人は、思い切ってそれにひたすら没頭してみましょう。

私の場合、本当はゲームが大好きなので許される環境であれば不眠不休でオンラインゲームに没頭したいです。

今現在の老後の夢は、部屋にゲーム専用機材をそろえまくって自分の限界まで楽しむことです。


ただ、家族などに迷惑をかけないことや健康には留意しながら行うのが前提ではありますが。

【まとめ】

今回は『死ぬのはなぜ怖い?死を怖がる人そうでない人の傾向と不安解消の秘訣』と題してお話させていただきました。


死に対して怖いと感じるのは、今の人生に未練があるからという意見を聞いたことがあります。

未練というと聞こえが悪いですが、言い換えれば『まだまだ満足していないぜ』という生きる力のようにも感じます。


怖さや不安を感じたら以下のように考えてみるのはどうでしょうか。

【この記事の一言まとめ】

死ぬのが怖いと感じる理由は、自分が『人生まだまだ物足りない!!』と思っているから。

自分がもっといろんな事がしたいと求めていると意識してみましょう。


自分の隠れた意欲を掘り起こすために、自分にあった様々な時間の過ごし方を考えてみてください。

私も不安解消になる方法を今後も試してみたいと思います。


それでは。
以上、弥津でした。