前向きな名言を信用するな!根拠なき未来への期待は控えるべき理由

こんにちは、弥津です(@yazusui)です。

今回は『名言から得られる希望や期待についての私なりの解釈』に関して。

前向きな言葉を信じるあまりに失敗に耐えられない方に向けて、同じ経験を持つ私が対処法を解説させていただきます。

【みんなと私の疑問と悩み】
未来には希望があると信じていても上手くいかない事ばかりですよね。

  • それでも努力が報われると信じたい!
  • 未来に希望がないと何もする気がしない・・・。

未来への希望があるから今、努力を続けられる!それ良く理解できます。

この記事では

  • 名言などから「前向きで未来が明るいが待っている」と簡単に捉えていいのか。
  • 「今の努力」の度合いが自分本位ではないかに注意!
  • 根拠なき期待は持たない方がいい!

このような内容が分かります。

弥津
弥津

目の前のことに最善を尽くすのは無駄ではないですね。

でも、問題は「最善の尽くし方が自分本位ではないか」。

名言を信用し過ぎるな!

自分の心を前向きにするため、名言の力を借りる時ってありませんか?

私は時々、今の自分を奮い立たせるために今の状況にあった名言を探すことがあります。

でも、名言って信じすぎるのも良くないなと思う私。

その理由は、名言によって『成功が約束された感覚になる』こと。

たとえば、以下の名言。

「自信を得る近道は、恐れていることにチャレンジすること。そしてそれに打ち勝った記憶を積み重ねていくこと」

ウィリアム・ジェニングス・ブライアン(アメリカ/演説者)

引用:未来に向かって力強く進むための「50の言葉」

この言葉には『恐れにチャレンジすれば新たな未来が待っている』という思いが込められています。

弥津
弥津

この言葉を見ると、「今頑張れば自分の将来は明るい」と感じて癒されますね。

でも、実際の『未来』はどうでしょうか?

弥津
弥津

努力が報われない時の方が多いですよね。失敗は誰にでもあるもの。

決して今の努力が未来に結び付くとは限らない。

結果、今に全力を尽くしても希望や期待通りには行かない時の方が多いのが人生。

その件について書いた記事がありますので、下記リンクからあわせてお読みください。

ようするに、名言は何も成功を約束しているものではないという事。

偉人達がその経験から、一つの事柄について一言で集約したものに過ぎないと思うのです。

いや、そう思うようにしている私です。

だって、人からも自分の希望からも裏切られるのって辛いですからね。


何でもがむしゃらに努力すればいいのかというと違う。

自分が間違っていないと信じていても、正しくない方法と知らずに時間だけ消費しているケースだってありますからね。


失敗によって自分の進むべき正しい道が見えてくるときが多いですから。

弥津
弥津

名言によって心が満たされ、自分の努力のペースが落ちていないのか・・・この点に注意が必要だと感じるのです。

根拠なき未来への期待は控えるべき理由

このように、名言によって未来が明るいかのような錯覚をするのは危険だと分かりますよね。

自分に自信をつけてくれる反面、『根拠なき成功が約束された』かのような錯覚を感じる人もいるでしょうから。


その根拠なき自信でがむしゃらに突き進み、無欲の勝利を掴む方もいるでしょう。

しかし、間違った方向に進んで気付いたときには後戻りできない・・・なんてリスクも想定されます。

成功への道は一直線ではない。

いくつもの枝分かれした道をその都度その都度無意識に選択しながら、間違えずに進めた数少ない人だけがゴールに着けるのだと思います。

「数少ない」というところが注意点です。

失敗したら一旦撤退するなり、自らの行いを修正するなりして正しい道を手探りで見つけながら進む方法もあります。


ただ、これが出来る人は精神的に強い人。

そして、失敗することは当然だと理解できている人です。

そのため、根拠なき成功に心奪われてしまうと失敗に出会った時の衝撃に耐えられない可能性が高まると思います。

心奪われたがゆえに起こる『油断』が衝撃への準備を怠らせるからです。

大切なのは努力の仕方。

自分の努力の方向性を疑いながら確認しながら前に進むこと。


他者からの影響を受けずに生活を送ることが不可能に近いですからね。

根拠とは自分がどれだけ振り返りやインプットに労力を要したかという点も心がけたいと感じた私です。

自分の努力が報われるという意識を疑え!

ネガティブ思考は嫌われることを覚悟の上でお話します。

この世の中、「自分は十分に努力した」と自負する人の中において、自らが満足できる成功を得られている人はどれだけいるでしょうか?

結構な数の人が思うようにいかず、そして失敗を想定したリスク管理をせずにニッチモサッチモ行かない状態になっているのでは?

弥津
弥津

私は高齢者支援の仕事をしていて、若い当時に希望的観測が思うようにいかず失敗に陥り、貧困にあえいでいる高齢者に時折出会いますから・・・。

そんな経験も私のネガティブ思考の一因になっているのは確かですが。


私のようにストレス過剰になりやすい性質の人間には、前向きな名言たちは確かに心の癒しになります。

しかし、その一方で「そんなに甘くないだろ」というもう一人の自分のささやきも聞こえます。

誰だって「私は努力している」という自負はあるもの。

でも、それが前向きな名言がさすような約束された成功に導かれるものかというと別問題。

自分の努力の度合いは、他者からすればまだまだ少ない可能性だってありますからね。

自己中心的な努力で名言通りに成果が出るかというとそうではないという厳しい目線が重要だと感じます。


自分に頑張った意識があっても、その成果として報われるかというと違うという意識を持っていたい。

失敗した時の衝撃に備える意味でも、根拠なき希望・期待は避けるべきということです。

【まとめ】

ここまで、慎重論のようなお話ばかりさせていただきました。

人によっては「慎重論ではチャンスを逃してしまう!」という意見があるでしょう。


私はその意見も正論だと思います。

チャンスだと思えば名言を引用するなりして自分の背中を押し、「行動あるのみ!」で突き進むのが正解な時だってあるでしょう。


しかし、そこに『根拠』があるのかが重要です。

「自分の努力が成功に結び付くだけの質と量を備えているのか」に目を向けずに、名言の持つ勢いだけで一直線になるのは危険ということ。

【この記事のまとめ】

名言の力は真の努力と準備をしている人にこそ、発揮される!

私も失敗への衝撃を常に意識して邁進していきたい所存です。


それでは!
以上、弥津でした。